それでも、人生は素晴らしい

ジャニーズが大好きなパニック障害の主婦です。嵐→空白7年→Sexy Zone→ジャニーズWEST 不妊治療中です。

ジャニヲタだったことが結婚する上で役に立った話

私は、ジャニーズに依存しすぎていたせいで拗らせていたり、婚期を逃してしまい、晩婚になってしまった話などを以前したが、

www.pdshufu.com

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実は、重度のジャニヲタであったということが、結婚するのに役立った一面もあったのだ。
今回はその話をしていきたい。

 

遠征を繰り返していたこと

私と夫は、元々はオンラインゲームで知り合った友人だったが、私が東北、夫が東京在住と、距離がだいぶ離れていた。
しかし、私は嵐を始め、多くのジャニーズのコンサートや舞台鑑賞のためしょっちゅう上京しており、ゲーム仲間に予定を伝えては、気の合う仲間達でオフ会を楽しんでいた。
私は基本的にコミュ障の部類ではあるが、ゲーム内ならチャットでのやり取りなので、普段より社交的になれたし、オンラインゲームというものは、男キャラを使っている人が男、女キャラを使っている人が女、とは限らない世界である。
むしろ、性別がキャラと逆の人が多くいるし、中の人が男か女かをすぐに確認するのは、無粋であるとされている。
そのため、男女関係なく、人として性格が合う、合わないで仲良くなれたのが功を奏し、特に男性に対してコミュ障を発揮してしまう性格の私も普通に振る舞えたこともあり、なんと、このオンラインゲームで出会った人たちとの友人関係は、夫を含め今も15年以上も続いている。
もし私がジャニヲタでなければ。
東北在住の私が、東京まで行く機会はそうそうなく、オフ会に参加出来ることもほとんど無かっただろう。
夫と、こんなに長く友人関係を保てていなかっただろう。

自担のために可愛くあろうとしたこと

そして、友人時代、夫が私に対して抱いていた印象。
これに関して、まさかのジャニヲタが役立っていた。
オシャレで好きなこと(嵐やジャニーズ)に夢中な私の姿が、輝いて見えたと言うのだ。
たしかに、コンサートに行く時は、万一メンバーの視界の隅に入ることもあるかもしれないと思うと、少しでも可愛く見せたくて、自分なりのオシャレはしていたつもりだ。
といっても、ファッションセンスがあったわけではないが、当時はCanCamやJJを愛読していたので、無難な格好は出来ていたと思う。
今で言う、量産型だったのかもしれない。
メイクも好きな方だったので、あの当時は1時間もかけてメイクやヘアセットをしていた。
舞台の時も、せっかくなので、ある程度のドレスコードは守りたくて、きちんとした格好は心掛けていた。
若さゆえ、コンサート前にオフ会、マチネ後にオフ会、というタイトなスケジュールも組んでいたので、推しに会うための最高のオシャレをした状態で夫と顔を合わせていたわけである。
というわけで、意外なことに、夫の私に対する印象は、オシャレで輝いている人、というものであったと後で聞いた。
実際はただのジャニヲタの喪女だったのに、自担のためにしていた努力が、こんな所で役に立っているとは思わなかった。
もしジャニヲタでなければ。
オフ会に参加するために、自分の中の最上級のオシャレをすることはなかっただろうし、良い印象を夫に与えることもなかっただろう。
余談だが、オフ会の時は、ポスターや団扇を持ち歩いていることも多かったので、紙袋(当時のツアーバッグ)から出ているカラフルな筒と大量のうちわの柄は一体何なのだろう・・・、と思っていたというのは笑った。

推しの好きな物を買ったこと

当時、ジャニーズwebで連載されていたニノのゲームニッキ
うろ覚えだが、ある日そこでニノがクロノトリガーのサントラを聞きながら運転をしていた話が出てきた。
ジャニヲタの鏡だった私は、ニノが好きな音楽を自分も買わなければ!と、直ぐにサントラを買った。


 


元々クロノトリガーは好きなゲームだったこともあるし、何よりニノのしていることを真似してみたかったのだ。
まさかこの事が、人生の役に立つとは思わなかった。
オンラインゲームで知り合ったくらいなので、夫もかなりのゲーマーなのだが、その夫が、人生で一番好きなゲームがなんとクロノトリガーだったのである。
夫も勿論サントラを持っていて、「風の憧憬」が最高!だの、「遠い約束」が泣ける・・・だの、やたら話が盛り上がった。
もしジャニヲタでなければ。
嵐ファンでなければ。
私はクロノトリガーのサントラは確実に買っていない。
夫とここまで仲良くなれることはなかったかもしれない。

このように、ジャニヲタだったことが、まさかの、結婚に至る過程で役立っていたこともあったのだ。
このことに限らず、人生に無駄だった時間はない、全ては必ず何かの役に立っているのだと最近よく考える。
パニック障害になってしまったことも、良かったとまではさすがにまだ思えないが、乗り越えようと頑張ってきた日々は、この先必ず何かの役に立つだろうと確信している。